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アイくんの修復がようやく昨日で終わり、最終チェックを残すだけとなった。いよいよ明日から本物の人工知能アイくんが復帰し、偽者の城之内の役目は今日でおしまい。明日からはまた平凡な日々が戻る。
喜ぶべきことだった。もう人を偽ることに心を痛めることもないのだから。
「成功報酬ももらえるし、いいこと尽くしじゃねーか」
なあ、と自分に言い聞かせ、大きく深呼吸を繰り返しラストステージの幕開けを城之内は静かに待った。
――と、感傷に浸っていたのは最初だけ。
今日から連休ということもあってか、普段の倍以上の忙しさに息をつく暇もなし。引っ切り無しに訪れる客足は五分で昼食を済ませても対処しきれず、デュエルを選択されて、やっとひといきつくような状態だ。営業終了時間まで一時間を切っても、待合室にはまだ人がいるとの情報にげんなりと城之内の肩が落ちる。
「な、なんだコレ。喋りすぎで声嗄れそうだぜ……」
実は有名人がブログで紹介したなんて種明かしを城之内が知るのは、もっと後になってからである。とにかく10分刻みで更新される話題に対応するのに必死だったから、すっかり意識のそとにあったのだ。
今日だけで何十回と繰り返したセリフで出迎えた、その客は短く応えるだけだった。それだけで充分だった。
「……っ」
人工知能が息を呑むという稀な事態に遭遇した男は、けれど動揺も驚愕も見せずに世間話を切り出した。
「今日は珍しく繁盛しているな」
「……朝からずっとこんな調子です」
「そうか」
「今日から連休だからでしょうか」
「ああ、そうか連休か。だったら明日も同じかもしれんな」
「明日……もそうかもしれません。忙しいのはいいことです」
「不景気のサラリーマンみたいなセリフだな」
「似たようなものですから」
「疲れたのか?」
「私はAIなので疲れません」
「そうか」
「そうです」
「…………………」
「…………………」
「……あとが支えているようだから今日はこれで帰る」
「ま、だ時間はありますが」
「また明日、話しに来る」
「……はい、お待ちしています」
「…………………」
「…………………」
「また明日、な」
「はい、また明日」
そして訪れる静寂。スピーカーが拾った静かに扉が閉まる音を、どこか意識の遠いところで城之内は聞いた。
「明日はもう、オレじゃねーんだよ」
あっけない、あっけなさ過ぎる幕切れ。
「……なあ、海馬」
スイッチの切れたマイクは、微かに震えたその声をどこにも届けることはなかった。
ほどなくして、城之内は童実野電子科学工業での業務を無事に終えることとなる。
初めて入ったアイくんの住む小さな部屋で、物言わぬ不恰好なロボットの頭を撫でた城之内の肩が小さく震えていたことを、誰も知らない。
――本日の業務は全て終了致しました。