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「はーい、おまちどおさまっス!」
両手に弁当を抱えて、城之内は研究室の扉を器用に叩いた。中から声がしてから数分、開かれた扉から顔を見せた昨日までの同僚に笑顔で手にしたものを渡す。
「ご苦労さま、城之内くん。おかげさまで今日もアイくんは大繁盛よ!」
疲労の滲む顔とはうらはらに、清々しい笑顔で女性研究員は城之内を出迎えた。どうぞと勧められる扉の向こうを、もう部外者だからと遠慮した城之内は、しばらくその場で会話を交わしてから建物を出た。
ビルの前に停めてあった自転車の鍵を外して、なんとなく乗る気がなくて押して歩く。煌々と照り付ける日差しに、頭上の太陽を仰いだ。
「あーあ、ムカつくぐれーいい天気だな」
「貴様は天気がいいとムカつくのか」
「あ? あ、え……?」
不意に正面から聞こえた声に、驚いた城之内の手から自転車が傾ぐ。ガチャンと派手な音を立てて倒れた自転車を、長身の男がめんどくさそうに起こした。
「路上で何をボケているのだ」
汚いものを触るような手つきで、男は自転車を城之内に差し出した。早く受け取れと言うように押し付けられるそれを困惑した表情で城之内が受け取る。何度も何度も瞬きを繰り返す薄茶色の瞳が、偉そうに見下ろす青い目とかち合った。
「え、いや、なんでココに」
「昨日言っただろう」
「な、なにを?」
「明日も会いに行くと。待っていると言ったのは貴様だろう。一日しか経っていないのにもう忘れたのか」
大袈裟に溜め息をつく姿もほどよく響く低音も、随分久し振りのものだ。けれどその口調は記憶にひどく新しい。そう、昨日まで毎日耳にしていたから。
「……海馬」
自転車のハンドルを握る手が汗ばむのを感じながら、城之内はアスファルトに視線を落とす。全てを見透かすような青の色から逃げるように。隠すように。
「なんだ」
「オレに会いに来たのか、今日」
アイくんではなくて? 言外に城之内が滲ませる。
「だから言っているだろう。貴様に会いに来たのだ、城之内」
だから、その名を海馬は呼んでやる。
「そっか」
「ああ」
俯いたままの城之内の金茶の旋毛を海馬が見下ろす。顔を上げろと声を掛けようとしたら、ひどく控えめな声が耳に届いた。
「今日は何、話す?」
俯く城之内のうなじが赤く色付いているのを見て、海馬は薄く笑みを浮かべた。
了