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日々徒然
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   2

 

 

 

「……と工夫をすればカレーがおいしく仕上がります」

 最新鋭AI、通称アイくんの機械じみた声がそう締めくくると、モニターの前に座っていた少女がにこりと笑みを零した。

「ああ、そうなのね。明日絶対試してみるわ!」

 曰く、明日彼女の自宅を訪れる彼氏のために、おいしい手料理を披露したいと。料理はちょっぴり苦手なので簡単なのがいいと。そう思い詰めたように相談した彼女へ、アイくんは的確なアドバイスを寄越してくれた。さすが最新鋭のAI。どんな分野にも対応可能らしい。彼女はひどく感心しながら喜んだ。

「今日はありがと、アイくん! また来るね!」

 弾んだ声とともに、少女はその部屋を後にした。

 

 

 

「……また、来るのかあの子……あ、いけね、声入っちまったぜ」

 

 

 

 シンと静まった室内に、そんなアイくんの呟きが落とされた。さすが最新鋭AI。愚痴まで零すのか――。

 

 

 ***

 

 

 ――なんていくら最新鋭といえど、そんなビックリ機能はついていない。

「城之内くん、声漏れてるよ」

 ザザッと僅かな雑音と共にスピーカーから聞こえた声に、城之内は慌てて伏せていた顔を上げた。室内には誰もいないとわかっているのにキョロキョロと辺りを窺うと、スピーカーから再び声が掛けられる。

「時間だよ、お疲れ様」

「あ、お疲れ様です」

 反射的に返しながら時計に目をやると、確かに18時を少しばかり過ぎていた。今日も一日、ひとまず無事に済んだということに、安堵しながらマイクの電源を落とす。と、同時に人工知能・アイくんも沈黙した。

 なんと最新鋭AIの中には人がいた!

 なんて芸人のコントでもあるまいし、企業が取り扱うロボットがサイエンスを装ったマジックでしたではただの詐欺である。そう、立派な詐欺行為なのだ。一般公開されている最新鋭と謳ったAIが、実際にはハリボテロボットの裏で人間が受け答えを行っているのだから。

「なんかこう良心の呵責的なモンがなぁ……」

 もそもそと帰り支度をしながら城之内は小さく呟く。仕事を始めて三日目、情に訴えられて引き受けてしまったことを早くも後悔し始めていた。

「あと二週間、頑張れるかなオレ……ハハ」

 とりあえず、二週間。アイくんを演じてくれと頼まれたのが、ほんの五日前のこと。もともと仕出し弁当の配送スタッフとしてこの童実野電子科学工業に出入りしていた城之内は、その日の昼前にいつものように弁当を届けたところ、どういうわけかとある研究室に入ったとたん泣き付かれたのである。

 城之内くんってデュエル出来たよね!? と。

 オッサンから若いお姉さんまで数人から逃さないとばかりに縋り付かれては、弁当を置いてサヨナラというわけにはいかず、話を聞くことになったのが運のツキ。なんでも明後日から一般公開される人工知能が致命的な損傷を負い、修復作業が必要になってしまったのだとか。どんなに優秀なスタッフで寝食を削って作業に当たっても修復には最低二週間かかる。それでは一般公開に間に合わない。ならば一般公開を延期すればいいじゃないかと城之内が提案すると、詳しいことは言えないがとある企業に社運を賭けて業務提携を持ちかけており、試作品といえどもミスがあったなどと不利になる要素が公表されるのは避けたいという。

だからと言って隠蔽工作など言語道断ではないかと更に言い募ろうとした城之内は、今にも首を括りそうな面々を目の当たりにしてつい魔が差してしまった。

 つまり、この隠蔽工作=詐欺行為の片棒を担ぐことに了承してしまったのだ。

 頷いてしまったが最後、あれよあれよという間に契約は交わされ――なかなかの日当だ――アイくんについての基礎知識や一般公開用マニュアルを叩き込まれ、そしてマイクの前に座っていたのが三日前。人員不足からサポートは付けられないとのこと。そんな無茶なと思ったが、そのために修復が遅れても困るので渋々了承した。

 そうして城之内はアイくんとなった。

「絶対オレ、早まったよなぁ」

 はぁ、と溜め息を廊下に落としながら、重い足を引き摺って城之内は岐路に着いた。

 

 

  ***

 

 

四日目になると、ようやく己の良心との折り合いが付いてきた。来客者もわりと面白半分でアイくんとの会話を楽しんいる。そのことが城之内の気持ちを軽くした。最初は聞いてはならない秘密なんかを打ち明けられたり相談されたりしたらどうしようとスピーカーから聞こえる声にビクビクしたものだ。

 個人情報だかプライベートがどうとかへの対処法として、城之内の元へ届くのは機械で変化させた来客者の音声のみだった。因みに防犯カメラを担当する防災センターへは逆に無音の映像だけ。個人を特定出来ないようにと、急遽取った策である。

 宣伝効果が弱いのか知名度が低いのか、一日当たりの来客数はそれほど多くはない。会話内容から察するに学校帰りの高校生や大学生が、一人で来たり友達同士連れ添って来たりというのがほとんどだ。そこに時折、子連れ主婦やフリーターが混じる。18時までというのも原因だろう。サラリーマンらしき人物は極めて少ない。

 女子高生などは大概がいわゆる恋バナというやつだ。そんなもの打ち明けられても正直困るのだが、複数で来た場合は勝手に向こうで盛り上がってくれるので割りと対応は楽だった。一組当たりに設けられたアイくんとの対面時間は10分と制限されている――ボロが出てはいけないので短めに設定してある――ので、他愛ない遣り取りをしていると、あっという間に終了。はい、次の方となる。今日の天気の話、晩ごはんの話、本やゲームの話、そして先ほどのようにアドバイスを依頼されたり。

 それなりに慣れてきたけれど、偽っているという事実は変わりなく城之内に重く圧し掛かっていた。

 そんな四日目の夕方、その男はやって来たのだ。

 

「好きな食べ物はなんだ?」

 

 機械のアイくんに、そんなことを聞いた男は。

 

  ***

 

「……………っ」

 思わず上げそうになった声を、寸でのところでなんとか止める。いくら予想外の質問でも、さすがに「はぁ?」なんて声を上げるわけにはいかない。城之内は今、アイくんなのだから。

それにしたって、明らかに食事が不可能な人工物に対してこの質問はどうだ。好きも嫌いも、そもそも食ったことがないのにと城之内は返答に窮した。一応アイくんにもプロフィールはある。事前にそれは城之内も叩き込まれたし、手元に資料も常備している。しかし、あくまでスペック的な意味でのものだ。

(そういやリカちゃんにだって食べ物の好き嫌いはあったよな)

名誉のために補足しておくと、別に城之内がリカちゃんマニアなのではなく、彼の妹が好きだったのだ。

人形だって人工物。ならばアイくんに好きな食べ物があってもおかしくない。ないはずだ、きっと。それより早く答えないと不審がられる。そう自分に言い聞かせた城之内の口から出たのは。

「カレーライスです」

 城之内自身の好物だった。とっさのことで、頭の中にはそれしか思い浮かばなかったのだ。それに対して男の反応はというと。

「庶民的だな」

 音声を変えてあるせいで定かではないが、おそらく鼻で笑われている。ということは男はセレブ層の人間なのだろうか。若干ムカつきながら城之内が考えていると、男から次の質問が投げられた。予想通り、今度は嫌いな食べ物だ。だからそんなこと聞かれても以下略。

(あー、もうめんどくせぇ! もうオレのでいいよな)

「特にありません」

「そうか、つまらんな」

(つまんねーってなんだよ!)

好き嫌いがないのはいいことじゃないか。自分が責められたような気持ちになって、拗ねたように城之内は唇を尖らせる。すると、また男は質問をしてきた。

 以下、趣味や特技、好きなモンスターに嫌いなモンスターなどが続いた。それらはおよそAI相手にするようなものではない。変な男だと思いつつ、城之内は自身に当てはめながら答えていった。

 どうやらデュエルが好きらしい。反応が良かった。そういえば、昨日えらく強い相手に出会ったなと城之内は思い出す。自分のデッキではないものの、かなり本気で挑んだというのに負けてしまったあの一戦。案外この人だったりして、なんて思いながら受けた質問にレッドアイズを避けて「ブラックマジシャン」と答えたら、「どこがいいんだ」とばっさり返された。デュエルで痛い目でも見たのだろうか。確かに親友が頼りにする魔術師は強い。城之内も度々痛い目を見た。同士だな、とマイクの影でクスリと笑う。そんな会話を交わしていると、あっという間に制限時間が訪れた。

 男の退室の知らせをモニタールームから受け、城之内は大きく息を吐き出す。おかしな問答だったが、思いのほか楽しかった。けれど先ほどの時間を反芻すると、遮断されたマイクに向かって言わずにはいられなかった。

「見合いの練習でもしに来たのか、あの人……」

 改めて、変な人だと思った。

 明けて、翌日。

今日もまた、その奇妙な男は来た。いや、城之内に届くのは合成された音のみなのではっきりと確認できたわけではないのだが、機械相手にこんな質問を繰り返す人間にそう度々遭遇することはないだろう。

 男はやって来るなり昨日の続きとばかりに矢継ぎ早に質問をアイくんに寄越した。その内容は変わり映えなく、好きな季節や動物、花など見合いというよりまるで中学生の交換日記だ。花の種類なんざ知るかよと思いつつ幼いころに妹と摘んだ「たんぽぽ」と答えれば、雑草が好きなのかと笑う気配がスピーカーから伝わる。雑草魂で何が悪い。のどの奥で毒づいて、城之内は次の言葉を待った。

 男の問う内容はとても拙い。好きなもの、嫌いなもの。気が向けばその理由も。口調から小中学生とは考えにくい。機械的な確認作業のように思えなくもないが、男はアイくんが返す答えに律儀にもいちいちなんらかの感想を述べる。どちらかというと、交際相手かあるいは片思い相手との会話のシミュレーションじみていた。そう考えると、少なくとも高校生以上であろう男の初々しいまでの話術がとても好ましいものに思えてくる。

 会話を繰り返すうち、城之内は自分が与えた答えへの男の反応が楽しみになっていた。律儀で割と傲慢、おそらく融通が利かない。そんなイメージを思い描く男のことを、もう少し知りたいと城之内は思い始めていた。

 もしも明日も彼が来たならば、今度はこちらから質問責めにしてやろうか。

 そんなことを考えながら過ごした時間は、アイくんを演じるようになってから一番短いものに感じられた。

「赤、嫌いなのか。あの人」

 城之内の口から零れ落ちた声は、思いのほか落胆が滲んだものだった。

 

 

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