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日々徒然
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「コレ、結構いい案件だと思うんだぜぃ」

 兄サマと、手元の資料に目を通しながらモクバは傍らの長身へ声を掛けた。しかしムッツリと黙ったままの兄から応えはなく、長い足はひたすらにただ黙々と出口を目指す。

「あのプログラムもいい線いってるんじゃない?」

 モニターに映し出されるデータの数々に、技術者でもある兄が興味を示していると気付いたのはおそらく弟であるモクバだけだろう。なにせ、プレゼンテーション中の兄は今と同じようにムッツリと不機嫌な様相をしていたから。きっと主催者側の人間はみな、このプレゼンは失敗に終わったと今頃涙しているはずだ。そしてひとしきり涙に暮れたあとは、社運を懸けたと謳ったプロジェクトをたかだか一社――KCのことである――に振られたからといって泣き寝入りするはずもなく、別の企業へ売り込みに行くに違いない。そうなると、労せず他のパートナーを見つけることになるだろう。それは惜しい。惜しい、と思わせる物件だったのだ。外見こそ少年だが腕は確かだと業界で評されるKC副社長の見立てでは。しかし生憎とモクバにとってこの分野は専門外であるため、話を詰めるとなると兄の協力なくしては難しい。よって今この場で総帥である兄の不満点を取り除いて乗り気にさせることが先決だった。

(兄サマだってホントはわかってるはずなんだ)

 逃してしまうには惜しい獲物だということは。けれどKC総帥の興味を引いておきながら、それを上回る不快感を与えてしまった。その要因というのが。

「あんなハリボテのどこを評価しろと言うのだ」

 憤慨したように吐き捨てる海馬に、モクバは苦笑するより他にない。理由は簡単、否定出来ないからだ。

 中身は確かに現段階では文句なしのハイスペックだった。悔しいことに、おそらくことこの分野においてはKCの技術を遥かに凌ぐだろう。これについては申し分ない。問題なのは、そのフォルムにあった。ひと昔どころか江戸時代からタイムスリップでもしてきたのかというようなシロモノだったのだ。あるいは某国の先ピー者か。モクバですら見た瞬間目を疑ったというのに、決闘盤からも窺えるようにディテールにまで拘る兄の目に好印象など与えるはずもなく。

「馬鹿にしているとしか思えん!」

 そんなわけで、こんな結果だ。もう少しなんとかならなかったのかと、正直モクバも思った。いっそシンプルに四角い箱の方がまだマシだと思わせる、個性的すぎるあの見た目。あれほどの技術を擁するくせに中小企業に留まっている原因。――そうなのだ。この会社、致命的にデザインセンスに欠けるのだ。

 だったら、と憤る長身を見上げてモクバはひとつ提言する。

「デザインはKCが全面的に担当するってことにしたらいいじゃない、兄サマ」

 自分たちのセンスが壊滅的なのに気付いているなら話は早い。そうでなければ業務提携の条件のひとつにしてしまえばいいだけのこと。そんな簡単な打開策に辿り着かないほど、兄にとって衝撃的かつ許しがたい形容だったのだろう。青い目がぽかりと瞠られた。

「あ、ああ。なるほど……そうだな、確かに」

「兄サマの好きな形にしちゃえばいいんだぜぃ!」

 青眼でも神でも再現してしまえ、とばかりにモクバは声を弾ませた。すると同じものを想像したのか、海馬の口元が微かに緩む。さすがは兄弟。

「ククク……さすがモクバ、いいアイデアだ」

「でしょ? だからさ、兄サマ」

 既に脳内で設計図を展開させているのだろう、先ほどとは打って変わって悦に入っている兄を見上げて、手にしていたパンフレットをモクバはその眼前に広げた。一般人向けに作られたらしい見開きのフルカラーのそれに、海馬は双眸を瞬かせる。よく見るとA3判の中央には、先ほどのプレゼンで嫌というほど見せられたおぞましい物体が。

「これがなんだ、モクバ」

 思い切り眉間に皺を寄せ、汚らわしいと言わんばかりに視線を逸らして海馬が弟に尋ねる。

「まあまあ、いずれフルモデルチェンジするんだから今は我慢してよ兄サマ。それよりココだよ、ココ!」

「ふん? なんだ」

 誘われるまま華奢な指が指し示す、パンフレットの左下に目を向ける。太字に強調された文字で表わされていたのは。

「一般公開の、お知らせ?」

「データ収集も兼ねて三週間、一般公開するんだって。もちろん中身は試作品をだけどね」

 最新版はまだ社内でも一部の部署の人間しか情報を提供されていないということだったから、当然一般公開されるのは旧式のものだ。

「旧式だけど最新モデルのベースになったものでしょ? だからその性能を見てきてもらいたいんだ」

 兄サマに、とモクバはにっこり無邪気に微笑んだ。プレゼンでの説明をいい加減に聞いていたことへの非難と、今後のためにあの外形に慣れておけと訴える黒い瞳の圧力が、海馬に拒否権を与えなかった。

「しっかりお相手してきてね、アイくんの」

「………………ああ」

 

 

 

 

 ――『アイくん』とは。

 童実野電子科学工業が誇る、最新鋭の人工知能試作第003号の通称である。

 

 

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