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日々徒然
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   1

 

 

 一般公開が始まった翌々日、ひと通りの仕事を終えた海馬は再び童実野電子科学工業が構えるビルを訪れていた。なんのことはない、公開から二日間仕事が推しているからと見え透いた嘘を言ったおかげで、目ざとい副社長から追い出される形でリムジンに乗せられ強制的にこのビルの前で降ろされたのだ。さすがに三日目は目を瞑れなかったらしい。運転席の磯野がしきりに副社長命令と口にしていたことから、おそらく事を終えないとKCに戻すなと言われているのだろう。総帥は自分だと命令を覆すことは容易いが、なんの収穫もなしに戻った場合のたった一人の弟からの非難の目に耐えられる自信がない。そうなると明日はきっと副社長の監視つきでここへ連行されるに違いない。それはなんだか情けない。それにまあ、最新鋭だというアレに興味がないこともない。というか、わりと興味は津々だ。見た目以外は。盛大に寄った眉間も露わに古びたビルを睨み付けると、渋々といった体で海馬はアウェイへ足を踏み入れた。

「海馬サマ、ガンバってくださいぃぃ!!」

 背後から響いたそんな野太い声援は聞かなかったことにして。

 

 

 ***

 

 

「一般公開……されているはずだな?」

 しぃんと静まった通路の壁に、いかにもハンドメイドな道案内がひっそりと貼られている。一般公開中、と書いてあるからには間違いないのだろうが、辺りに人の気配はない。平日の夕方だからだろうか。それにしても閑古鳥が鳴きすぎている。どこまで宣伝下手なのか。だいたい社運を賭けたプロジェクトだというのに入り口でパンフレットを手渡されただけの客を放置するとはどういうことだ。苛立たしげに大きな足音を立てながら、海馬は案内に従って進んでいく。すると小さな個室の前でそれが途切れ、白い扉の前にようやく求める名称を見つけた。

 キミもアイくんとお喋りしよう!

 人っ子ひとりいない、まるで取調室のような扉の前に明朝体の黒字で書かれたそれ。シュールだ。あまりにもシュール過ぎる。これはもう宣伝が下手というレベルではないだろうと海馬が案内板の前で頭を抱えていると、無人だと思われた扉がガチャリと音を立てた。どうやら先客があったらしい。記憶にあるようなないような制服を着た女子高生が二人、姿を見せる。彼女たちはちらりと海馬を一瞥すると、味気のない通路を楽しげな笑い声を上げながら軽やかな足取りで立ち去って行った。

「……意外な来客だな」

 こんな愛想のない企画に女子高生が興味を示していることに海馬が驚きを感じていると、ピンコンと軽い電子音が鳴った。

「次の方、お入りください」

なにか、と見上げたスピーカーから入室を促す男の声が耳障りな雑音交じりに響く。ここは病院の待合室かとうんざりしながら、海馬は僅かな躊躇と共に目の前の扉を開いた。

「ぐっ……」

 入った瞬間、思わず目を背ける。予想していたとはいえ、やはり無理なものは無理だ。生理的に受け付けないのだから仕方がない。見るなり盛大に顔を顰める失礼極まりない海馬を、しかし部屋の主は歓迎してくれた。

「ようこそいらっしゃいました。私はアイくんです」

 ハイテクノロジーの権化であるアイくんは、脱力系幕末臭のする見た目を裏切って滑らかな口調をしている。まるで会議室から失敬してきたような長机の上にぽつねんと鎮座ましましているアイくんをなるべく見ないようにしながら、彼と対峙するように置かれたパイプ椅子に海馬は腰を下ろした。もはや全てが突っ込みどころという事態には目を瞑ることにして。

「ご用件はなんでしょうか? 世間話からデュエルまで、アイくんは何でも伺います」

 胡散臭いキャッチセールスのような口上を述べるアイくんの目がカシャリと動き、磨き上げられたガラス玉のようなそれに海馬の姿が映り込む。別にバレても構わないが、一応はお忍びで偵察に来ているという名目上、細いシルバーフレームの眼鏡をかけ、着慣れない年相応のカジュアルな服に身を包んで変装まがいの格好をしているせいか、相手はただの精密機械だというのにひどく居心地が悪い。ゴホンとわざとらしい咳払いをひとつ落とすと、目は逸らしたまま海馬は口を開いた――が。

「……………………」

 この無機物と一体何を話せというのか。世間話など普通の人間相手にも殆どしないのに、こんな得体の知れないものと何を題材にすれば話が弾むというのだ。いや別に弾ませる必要はないのだが。

眉間に深く皺を刻んだまま、静かに佇む異形の物体もとい先端科学技術の産物をちらりと青い目が窺い、すぐさま再び部屋の隅へと逸らされる。

(無理だ)

 脳内で僅かもせめぎ合うことなく、男の意思は即断される。しかし無情にも決断の時は迫られた。

「五分が経過しました。あなたの残り時間はあと五分です。何をご希望されますか?」

 再度響く男とも女とも判別つかない電子声に促され、海馬はこめかみに一筋の冷たい汗を流しながら、残された最後の選択肢を口にするのだった。

「……デュエルを頼む」

 ひとつの回答を提示出来たことで海馬自身が胸を撫で下ろしたためか、了解しましたと告げる電子声までどこか安堵したような声音に聞こえる。むろん気のせいに過ぎない。だってアイくんは血肉を持たない人の手で作られた人工知能なのだから。

 

 

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