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日々徒然
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 他愛ない10分間のやり取りを重ねるうちに、また数日が過ぎた。

 アイくんは相変わらず海馬の様子を窺うようにしながら、いくつも話題を提供する。専門分野での討論ならともかく、日常会話スキルが著しい海馬にとってはありがたい相手だった。

 しかし、会話を重ねれば重ねるほどアイくんから感じる違和感が大きくなり、またひとつの疑惑が海馬のうちを占めた。

 ――こいつは本当にAIなのか。

 0と1から成るプログラムとするには、曖昧な印象。一貫性のない思考と、電子の声でも誤魔化せない感情が見え隠れする。

 あまりにも人間くさいのだ、このAIは。

 じっと、器量の悪いロボットを睨み付けて思考にふける海馬へ、今日も彼は呼び掛ける。

「今日は武藤遊戯さんの話でもしましょうか?」

「はあ? なぜヤツのことなど……」

「遊戯さんのファンではないのですか?」

「ハッ、まさか」

 ファンなどと虫唾が走る。失笑と共に海馬は吐き捨てた。

「そうなんですか。てっきり遊戯さんを尊敬していらっしゃるのかと思っていました」

「やめろ。ヤツは倒すべきライバルだ」

 それも宿命の、だ。キングに憧れるなど、格下がするものだ。

「目標は高くあるべきですからね」

「目標でもない」

「では他に目標にしている決闘者がいるのですか?」

「……しいて言うなら自分自身だ。そういうオマエは遊戯を尊敬しているのか?」

「私も尊敬ではなく目標です。武藤遊戯も」

 一呼吸分、間があった気がした。そして続いた名に海馬は瞠目する。

「海馬瀬人も」

 声が、重なって海馬の耳に届いた。人工的に造られた声と、記憶の中にある声が。海馬の名は、無機物にはおよそ似つかわしくない感情を乗せて告げられた。

その感情には、確かに覚えがあった。ここには勝気な視線が足りないけれど。それは間違いなく――。

 海馬がいま、会話を続けている相手は本当にAIなのか。

 いま一度、脳裏を占めるその疑問。

「明日はデュエルをするぞ」

 確かめる手段はこれだけだ。海馬が知る男は、対戦中の彼だけだから。

 健気で、無害なAIなど、最初からいないのかもしれない。誰も、海馬本人すら気付いていないけれど、確かに好意は向けられていたのに。

 この好意はいったい誰に向けられたものなのか。

 海馬には知る由もなかった。

 

 

「どうだった兄サマ、今日も順調?」

 ここ数日で恒例となった弟の出迎えに、しかし男はいつになく曖昧な態度で返した。最初こそ渋っていたけれど、最近は機嫌良さげにしていただけに、今日の態度が気に掛かる。心配そうに長身を仰ぎ見たモクバを、低い声が呼んだ。

「モクバ」

 まるで感情が抜け落ちたような兄の様子に、少年は眉根を寄せる。

「なに、兄サマ」

「童実野電子化学工業の一般公開用AIについて調べてくれ」

「アイくんの、なにを?」

 やはり問題があったのか、とモクバが訝しげに問う。

「公開直前の研究室の様子と、ある男の現状を」

「誰? 研究室の人?」

 造作の整った顔が渋面を作り吐き出された名前は、思いも寄らないものだった。

 

 

 

 

 

「ようこそいらっしゃいました。私はアイくんです。本日は何を希望されますか?」

「今日もせいぜい楽しませてくれ」

「お待ちしていました。では今日は――」

 自称人工知能とやらが調査対象ではないと判明した今、ここを訪れる必要はなくなった。けれど無駄な時間だとわかっているのに、海馬は今日も不格好なロボットに会いに来た。

 いま少し、この茶番劇に付き合うのも悪くない。何も知らずにアイくんを演じる馬鹿な男を、騙された振りをして嘲笑えばいい。

 ここに通うには、充分な理由だった。

 

 

  ***

 

 

「今日もお疲れ様、城之内くん」

 防犯カメラを担当している警備人が、スピーカー越しに業務の終了を告げる。労いの言葉に同様のものを返して、城之内がいつものように帰り支度を始めていると、スピーカーから途切れがちに会話が流れてきた。マイクのスイッチを切り忘れたのだろうか。雑音混じりの砕けた口調に苦笑をしながらカバンを肩から提げて退出しようとした城之内は、不意に飛び込んできた名前にびくりと肩を震わせた。

「今日も来てたな、KCの若社長」

「おお、これで何日連続だ? よっぽどアイくんがお気に召したようだな、あの旦那」

「KCと業務提携って話、マジだったのか。それにしても熱心に通ってるよな、海馬サン」

「まさか恋でもしちゃったかー?」

「おいおい、いくら変人で有名な海馬瀬人でもそりゃねーだろ」

「わかんねーぜ? パッと見はイケメンなのに、もったいないなぁ」

 ゲラゲラと笑い声が響くなか、部屋を飛び出した城之内は逸る鼓動を掻き消すようにひたすら走った。自室に倒れ込むように転がるまでずっと歯を食い縛っていたせいで、口の中は鉄錆びの味が広がっていた。

 見上げた天井を睨み付けた城之内は、引き攣った笑い声を上げ続けた。

「オレ、バカみてぇ」

 もしかして、と思うことは何度もあった。だってあんな偉そうで横柄な態度の男なんてそうそういるもんじゃない。日を重ねるごとに疑念は強まり、やがて確信に近付いていった。

 だから、こんな風に真実を知っても今更驚いたりしないけれど。

 毎日、男が訪れるのを今か今かと待っていた自分自身に気付いてしまった。それが海馬だとわかっていながらあえて気付かない振りをして。

 でも、あの男はアイくんの性能調査に来ていただけなのだ。業務提携のために、ただAI目的で訪れていただけのこと。

城之内に会いに来ていたわけじゃない。

「ったりめーだ、何考えてんだオレ」

 楽しんでいたのは自分だけ。とんだお笑い種である。

「明日で最後だってのに」

 知ってしまったいま、話すべき内容が思い付かない。どんな顔をしてマイクに向かえばいいのかわからない。

 話したくない、けど。

 

 

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