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「今日はアナタのことを教えてください」
あいさつの口上を告げると打たれた微かな相槌を聞き止めた城之内は、次の文句を取りやめて昨日の目論見を実行した。すると案の定、男は少し戸惑ったように返答を詰まらせる。どうやらこちらから質問をされるとは思っていなかったらしく、そういう性能があるのかと確認してきた。
(あ、あー…しまった。アイくん的にはそこんとこどーなんだ?)
好奇心が勝ってつい聞いてしまったけれど、このAIの機能にそんなものが備わっているかなんて城之内だって知らない。一夜漬け状態で叩き込まれたデータの中にはそんな記述はなかった。ただし、出来ないという記述も。だったら、このままゴリ押してしまえ。
「アナタに興味を持ちました。アナタのことが知りたいです」
言い終わってから城之内は首を傾げた。慌てて言い繕ったせいで、なんだか妙な言い回しになった気がする。
(ってーかコレじゃコクってるみてーじゃねーか!)
マイクの前で頭を抱えて悶絶する。告げた内容に偽りはない。けれど、男が男に言うべきセリフでもない。これでは中学生の交換日記ではないか。壁の向こうの男同様に。
だが、幸いなことに城之内からすれば男同士でも、彼からすれば人間と機械。不自然な沈黙は落ちたものの、寄こされた返事は承諾を表すものだった。
ホッと胸を撫で下ろし、それじゃあと口を開いてみたものの、いざとなると何から聞けばいいのか全く考えていなかったことを思い出す。メモにでも書いて来ればよかったと後悔しながら、差し障りのないところから始めてみた。
「アナタは学生ですか? 社会人ですか?」
「学生、ではないな」
「働いておられるのですか?」
「ああ」
勢いで業種を問おうとして、さすがに踏み込み過ぎだと思いとどまる。するとそこで終わってしまった。
途切れた会話。落ちる静寂。
小さなノイズだけを零していたスピーカーが、ふいに溜め息を拾い上げる。ハッと城之内は伏せていた顔を上げた。
(あ、やべ。もしかして退屈させてる?)
10分間はあくまで制限時間だ。飽きればその瞬間、退室して構わない。ガタリと響いたパイプ椅子を引くような音に、城之内は焦ってマイクに向かい声を発した。
「好きな食べ物はなんですか?」
「フィレステーキだ。フォアグラソースがあればなおいいな」
咄嗟に出たのは、城之内が最初に受けた質問と同じものだった。返された内容はまるで逆のシロモノだったけれど。金持ちだ、と驚嘆しつつ、男がそうしたように何かコメントをすべきかと悩んでみたが、美味しそうですねも食べてみたいですねも機械が口にするにはおかしい気がして、結局そのまま質問を重ねることにした。一昨日のやり取りをなぞるように、男へ問い掛ける。嫌いな食べ物はおでん、理由は庶民的な味が嫌だとか。おいしいのに、と思わず口にしそうになって慌てて口を塞ぐ。だってアイくんが味を知っていたらヘンだろう。
で、次は何を聞かれたっけと記憶を辿り、ああそうだと思い出す。好きなモンスター、だ。
モンスターで思い出すのが、三日目に行ったデュエルだった。デュエル対決も可能とPRしているため、これまで幾度となく決闘を挑まれた城之内だが、これでもバトルシティ上位入賞者。並みの決闘者相手に遅れを取るつもりはない。その城之内が唯一負けを喫したのが、三日目のデュエルだった。その黒星を付けた相手というのが、いま対峙している男ではないかと城之内は睨んでいるのだが。
そんな相手から 果たしてどんな名前を出してくるのか。興味深げに返事を待つ。
ところが、寄越されたその名前に城之内はぎょっと目を剥いた。なぜなら、その名はある人物の代名詞的存在だ。いやいや、だけどモンスターには罪はない。偏見を取っ払ってしまえば、城之内とて決して嫌いではない。なんたって、自身の魂のカードの対たる存在だ。親友の最強のしもべに匹敵する攻撃力には、デュエリストなら充分憧れる。きっと、壁の向こうの彼もそういう理由なのだろう。そもそもイコールであのムカつくタカビー若社長と結び付けるのは軽率すぎる。
(そうだそうだ! ブルーアイズ好きだからって悪い奴ってわけじゃねぇ!)
ぐっと拳を握って心のうちで力説してから、またひとり会議を披露してしまい、相手を置き去りにしていたことに気付く。慌てた城之内が次の言葉を紡ぐ前に、スピーカーが音を立てた。
「そういえば、オマエの好きなモンスターはブラックマジシャンだったな。武藤遊戯をベースにプログラムされているのか?」
それは一昨日のこと。同じ質問に対して城之内は黒衣の魔術師を上げていた。即座に浮かんだのはもちろんレッドアイズなのだけれど、アイくんもその後続機もデュエルAIについては男が言うように決闘王をベースにプログラムされていると説明を受けたので、無難にその名を告げたのだが。
(これってアイくんの人格プログラムのこと聞いてんだよな……?)
どっちのことだろうか。城之内は眉を寄せる。人格はしいて言うなら城之内モデルというか、むしろ城之内自身だ。デュエルAIにしたって本来のアイくんは遊戯ベースだが、今は以下略。だが当然そんなことは口に出来ないから、ただノーだとだけ答えることにする。今は、と心の中で補足して。
けれど、これを受けての男の反応は予想外だった。
「……やはりな」
(え……)
やはり、ということはこのAIが遊戯をベースにしていないと想定していたことになる。彼とは違うと判断するには、少なからず遊戯本人を知っている必要がある。人格、デュエルいずれにせよ、これだけのやり取りで違いを感じ取れるほど熱烈なファンか、あるいは近しい人物か――。
(ゆ、遊戯ベースって言わなくて良かったぜ……)
うっかり告げていたなら怪しまれたかもしれない。遊戯の知り合いなら、交友関係の被る城之内もまた知らない相手ではない可能性もある。
(そーだとしたら誰だよこいつ。あ、けど……)
遊戯と共通の知人から該当しそうな人物を探り当てようとして、止める。音声を変えていても伝わってきた。やはりと言いつつ、当てが外れたとでも言わんばかりの落胆したような呟き。
(この人、遊戯のファンなのかも)
だから、がっかりしたのかもしれない。アイくんのモデルが遊戯ではないと知って。焦れたような空気がスピーカーを介して伝わってくるのは、きっとそのせいだ。
アイくんが正常に起動していたなら、せめてデュエルは男の尊敬する遊戯をベースとしたAIと対戦出来たのだろうけど。アイくんの故障は城之内のせいではないけれど、いままた欺いているという事実が城之内に重く圧し掛かる。
けれど不快だろう男が口にしたのは、責める言葉ではなく。
「それより他に何か聞きたいことはないのか?」
居た堪れなさに俯けていた顔を、城之内は上げた。視線の先に顔も知らない男の影を捉えて、気合を入れる。
よし、決めた。
「私はアナタと話していると楽しいです。だからアナタもそうだと嬉しい」
たとえ遊戯じゃなくても、この男が気落ちすることがないようにしたい。それが遊戯とアイくん、二重に偽る城之内が唯一できることだから。
「明日もまた来る。せいぜい楽しませてくれ」
幸いなことにそう言い置いた男だったけれど、この日はまだ幾分か残っていた時間を切り上げて立ち去られたことに、城之内は動揺を隠せなかった。
「明日、来るよな……」
思った以上に、男への好意は募っていたらしい。