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日々徒然
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 ――翌日、夕刻。

 三度、海馬は童実野電子科学工業ビル前にいた。頼んでもいないのにオプションのようにグラサン黒服男の野太い声援もついている。それにギリリと歯噛みしながら昨日と同じようにエントランスを抜けて、相変わらず素っ気ない通路を海馬は進んだ。今回は途中で大学生風の男数人と擦れ違う。ぽつぽつと来客はあるらしい。そうして見覚えのある扉の前に差し掛かった海馬へ、見計らったように入室を促すアナウンスが流れてきた。やはり病院の待合室のようだった。

 ドアノブを回す手を、海馬は一瞬躊躇する。脳裏に弟からくれぐれもと念を押された一言が浮かんだ。そもそも今日もここへ来る羽目になった要因だ。同じ轍を踏めば、明日もこの扉の前に立たなければならない。それは断固阻止しなければ。そのためには、今日こそアイくんとデュエル以外でコミュニケーションを図る必要があるのだ。

 とまあ、なんのことはない。昨日、あのあと社へ戻った海馬に、黒い瞳を輝かせてモクバは聞いてきた。どうだった、と。すると海馬はこう言うより他にない。

「デュエルをした。オレが勝った」

 その結果、今日の訪問が強制的に海馬の予定に組み込まれたのだ。当然だ。最新鋭のコミュニケーションAIを相手にデュエルだけして帰ってくるなど、とんだ無駄足である。純粋なるデュエルAIならKCの方が遥かに優れているのだから。そんなものわざわざ総帥自ら調査に赴く必要などあるまい。

「……………」

 よって今日の選択肢にデュエル対戦はない。意を決したように、海馬は力の入った右手でドアノブを押し開いた。

「ようこそいらっしゃいました。私はアイくんです」

 プログラムされた挨拶で出迎えるアイくん。どうやら搭載カメラでの個体識別は不可能のようだ。プロトタイプだからだろうか。貧相なロボットの正面に座り、海馬はじっくりとその姿を観察し――ようとしてやめた。これから円滑にコミュニケーションを図るために精神衛生上よくない。むっつりと不機嫌な様子で俯き加減の濃茶の頭に向かって、アイくんは用向きを問う。

「本日は何を希望されますか?」

 この問い掛けにはいくつかパターンがあるのだろうか。昨日とは若干違う言い回しでアイくんは尋ねてきた。そのくらい優れたAIでなくとも備わっている機能だ。特に気に掛ける必要はない。問題はこれに対する、海馬の返答である。

「……き、」

 貴様と云い掛けて、自分が変装していたことを思い出す。だったら口調も多少は変えるべきか。

「オマエのことを教えろ」

 窮屈そうにパイプ椅子でふんぞり返って海馬はフンと鼻を鳴らした。その不遜な態度で変装が台無しなのだが、幸か不幸かここには海馬とアイくんのみ。それを突っ込む人物はいなかった。

 それはともかく、海馬の発言である。デュエルを封じられた男が一晩唸って考えたのがこれだ。モクバはアイくんを調査しろと言っていたから、まずは基本的なプロフィールからということで。

「私の名前はアイくんです。童実野電子科学工業で生まれた最新鋭人工AIです」

 そういうパーソナルデータはパンフレットを読め、と普通なら返ってきそうな問いに、けれどアイくんは人工知能だったので律儀に自己紹介をしてみせる。ところが海馬は不満そうに眉を寄せた。

「それは知っている」

「あらゆる会話に順応し、デュエルも行えます」

「それも知っている。他に何かあるだろう」

「何かとは?」

 苛立たしげに声を荒げた海馬に、アイくんが問い返す。いくら学習能力が高いAIといっても、そんな曖昧な質問には答えられない。

 そうだ、相手は機械だ。無機物だ。

 思い直して海馬はもう少し質問内容を具体的にしてみることにする。

「好きな食べ物はなんだ?」

 重ねて言うが、相手は機械である。二次元の中には確かにどら焼きなどが好物のポケットが付いたロボットも存在するが、あいにくここは二次元ではない。

 案の定アイくんは沈黙した。だが彼は優秀だった。痺れを切らした海馬が質問を変えようとする寸前、その沈黙は破られた。

「カレーライスです」

「庶民的だな」

 フンと海馬が鼻で笑う。機械相手にも無駄に偉そうな男である。少々時間は掛かったものの回答を得られた海馬は、気を良くして更に質問を重ねた。

「では嫌いな食べ物はなんだ?」

「特にありません」

「そうか。つまらんな」

 落胆したように海馬の表情が曇る。一体どういう反応を期待したのか、この男。

 そしてツッコミ不在のまま、質疑応答はまだ続く。

「趣味はなんだ?」

「デュエルです」

「ほう、いい趣味だ」

 昨日の対戦で勝利したこともあってか、珍しく海馬が相手を褒める。どうやら好感度がアップしたようだ。

以下、好きなモンスターや嫌いなモンスターから座右の銘など、タイムアップまで他愛ない――ただし、AI相手にするような内容ではない――会話が続いた。

そして海馬は足取りも軽く帰途に着いた。

 

 

「兄サマ、アイくんはどうだった?」

 社に戻った海馬を捕まえ、モクバが尋ねた。送り出したときよりも機嫌の良さそうな兄の様子に、少年の期待は高まる。

「食べ物とモンスターの嗜好を聞いた。ああ、そうだモクバ、奴はデュエルが趣味らしいぞ」

 ニヤリと笑って返された応えは、モクバの期待を大きく外し――。

「兄サマ、アイくんと見合いでもしてきたの?」

 頬を引き攣らせて弟が笑みを刻んだ瞬間、海馬とアイくんの三度目の逢瀬が決定した。

 

 

  ***

 

 

さて今日はどうしたものかと、道中のリムジンの中で海馬は思惟に耽っていた。昨日のやり取りをモクバからは見合いじゃないんだからと渋い表情をされたけれど、対話形式でAIの応用能力を図る意味では海馬としては好感触だった。なかなかいいレスポンスだったと昨日の会話を思い出し、海馬はニヤリと唇を歪める。

(しばらくはこの形式でいくか)

 まるであくどいことを思い付いた黒幕のような顔で笑う主人をバックミラーで垣間見てしまった磯野は、今日は声援を少しだけ控えようと心に決めた。

 アイくん訪問も三度になれば慣れたものである。あたかも社員のように堂々と童実野電子科学工業の入り口を潜った海馬は、そこが指定席かのような顔をしてアイくんの目前に座っていた。

 アイくんは今日も海馬の来訪を歓迎してくれる。

「ようそこいらっしゃいました。私はアイくんです」

 そして以下同文。促されるまま、道中で決定した方針を口にする。

「好きな季節はなんだ?」

「春です」

「理由は?」

「仕事が捗るからです」

「……機械のくせに現実的な奴だな」

昨日と同じ一問一答形式だが、基本的に人への興味が薄い、あるいは人の話を聞かない男なのでその内容は主に好きな○○、嫌いな○○で構成される。アイくんの優秀なところは、その全てに回答が用意されていることだろう。昨日、そして今日とそれなりの数を質問しているが、未だにアイくんから「該当なし」や「質問の意味不明」等の回答不可となったケースはない。

(このAIにそれだけ綿密にプロフィール設定が成されているのか、それともこれこそが学習能力なのか…)

 アイくんからの回答を受けながら、海馬は首を捻る。今の質問内容ではそのどちらとも判断が付きかねる。

(明日はプロフィールとして設定していそうにない内容を問うてみる必要があるな)

 明日の算段を立てる海馬の口元が笑みを刻む。モクバから強要されて足を運んでいた男だが、初めて自ずから彼との逢瀬を望んだ。探究心に火がついたのか、あるいは。

(案外オレはこの時間を楽しんでいるのかもしれんな)

「好きな色はなんだ?」

「赤色です」

 アイくんがそう返答したところで、設定された制限時間が訪れた。

「フン、趣味が悪いな」

 赤、と聞いて彷彿させるもの。漆黒を纏う獣の――。

 その忌々しい姿を記憶が辿る前に思考を遮断し、海馬は部屋をあとにした。

 

 

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